働かざる者食うべからず…という言葉があるけど、現代の日本において、この倫理はすでに空洞化しており、労働は、人間を幸福にするどころか、むしろ追い詰め、疲弊させ、心を蝕むものになりつつある。
実際、労働によって得られる報酬は、かつてほど人を満たさない。
正社員であってもインフレの影響で生活は苦しく、非正規雇用ならば将来の展望などほとんど持てない。
努力しても報われない格差社会の中で、労働はもはや、生きるための手段というよりも、消耗の儀式にすぎないと、多くの人が気づき始めている。
だからこそ、人は労働から逃走する。
働かない自由を選び、生活保護を受ける人を社会は厳しく非難するけど、その非難の裏側には、「働き続けても、どうせ自分自身もまた幸せになれないだろう…」という、集団的な不安が隠れている。
報酬が得られない活動を人間は継続できない。
現代の労働は、コスト(労力・時間・心身の健康)に対して、報酬(給与・承認・未来の希望)があまりにも釣り合わなくなっている。
合理的に考えれば、人が働く動機を失うのは当然で、「怠け者」とか「甘え」というラベルで片づけるのは簡単だけど、その言葉の裏にあるのは、社会そのものが生み出した構造的な絶望だ。
労働に意味や幸福を見いだせない時代、働かない者を責めながらも、働いている者もまた心をすり減らしている。
その矛盾の中で、私たちは、「なぜ働かなくてはいけないのか」という問いを突きつけられている。
もしかすると、労働から逃走する人々の姿は、未来の社会の予兆なのかもしれない。
それは個人の怠惰ではなく、資本主義経済システムの限界の告知である…と思う、今日この頃です。
loveandfreedom.hatenadiary.com
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