「なぜ生きるのか?」という問いの毒。
誰もが一度は自問するだろう。
私は、なぜ生きるのか?
私は、何の為に生きるのか?
この問いは、哲学の根源であり、人間を人間たらしめるものだが、同時に、非常に危険な問いである。
脳は常に意味を求める。
無意味な事柄を嫌い、意味を付与する事で、エネルギーの消費を抑え、生存確率を上げようとする。
生きる意味を問うことは、脳のこの特性から来る。
ごく自然な衝動だ。
しかし、この衝動には、見過ごせない危険が潜んでいる。
なぜなら、この問いに明確な答えが見つからない時、脳は「存在の無意味」という結論を下してしまうからだ。
その瞬間、深い虚無感に襲われ、生きる事に価値を見出せなくなり、最悪の場合、死を望むようになる。
私たちが生きる意味を問う時、そこには、最初から答えなど存在しないのかも知れない。
きっと人生とは、答えのない問いに対して、虚ろな希望を抱き続ける、救いのない旅路なのだ。
そして、その旅路の果てには、答えを見つけられなかった孤独な者だけが味わう、底なしの絶望が待っている…と思う、今日この頃です。
もし、ご支援を頂けるのなら、下記のリンクを経由してamazonか楽天で何でも良いのでお買い物をして頂けると、当ブログに収益が発生しますので、よろしくお願いします。
【amazonリンク】
【楽天リンク】
下記のリンクを1日1回クリックして頂けると、ブログのランキングがアップしますので、応援よろしくお願いします。
