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夢のかけらのような一目惚れの記憶…

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なぜか、10年以上前の一目惚れを想い出した。

 

 

夢のかけらのような一目惚れの記憶…。

 


雑誌に掲載されていたミートクロケットを食べに、初めて資生堂パーラー銀座本店に行った。そこは女性客が多いから、男がひとりでごはんを食べに行くのは気が引けるけど、対応してくれた店員さんの感じがとても良かったし、通された席の隣は、自分と同じようにひとり客の女性だったから、なんだか安心した。

 

席につくと、ウエイターさんがすぐにコートをハンガーにかけてくれる。こんな風に大切に遇されるのは、ちょっと緊張するけどやっぱり素直に嬉しい。

 

 

「ミートクロケットをいただけますか?」

 

 

文庫本に目を通すふりをして、隣の女性を見てしまう。びっくりするくらい美しい。ほっそりした肩を覆う漆黒の絹糸のような長い黒髪と、小さな鼻と薄くも厚くもない唇が、清楚で上品という印象だった。ピンと背筋を伸ばして、ときどき窓の外に目をやって、なんだか考えごとのようなことをしている。

 

一目で落ちるとかありえないと思っていたんだけど、そのまさか…。

 

 

「おまたせしました」

 

 

席に料理が運ばれた。慌てて彼女から意識をそらして、目の前のミートクロケットに気持ちを集中させる。真っ白なお皿にオレンジ色のトマトソースと鮮やかなグリーンのパセリが添えられていた。

 

 

「いただきます」

 

 

小さな声で、でもしっかりと、隣の席から声が聞こえた。

 

彼女が頼んだのもミートクロケットだった。なんだか嬉しくなった。まるで気持ちが繋がっているかのように感じたから。オーダーしたものが同じなだけで、そんな子供じみた事を考えるなんて、今思い返せば幼稚で稚拙だなと思う。

 

 

彼女と言葉を交わすことはなかった。

 

 

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お店を出て信号を待つ。

 

もう彼女と逢う事は、ないだろう…。

 

交差点の信号が青に変わる。

 

たくさんの人が歩き出す。

 

それぞれの日常が、それぞれの方向に向かってクロスする。